■要旨
- 消費税率10%への引き上げとともに幼児教育無償化が全面的に開始された。利用料の負担軽減効果がより大きな層として共働き子育て世帯に注目すると、2019年10月の増税直後は自動車関係費が前年同月と比べて大幅に増えている。負担軽減効果というよりも、税制改正によって、増税後に購入した方が安価になることもある影響だろう。
- 食費も外食や調理食品を中心に5%程度増えている。無償化による負担軽減効果もあるのかもしれないが、近年、共働き子育て世帯では家事の時短化需要を背景にこれらの、支出額が増えており、その流れの一環とも言えるだろう。
- 一方で無償化の影響を受ける教育費や住居、被覆及び履物、家具・家事用品などは1~2割程度減少している。反動減の影響もあり、今後も丁寧に見ていく必要はあるが、教育無償化が他の消費を誘発するような状況にはなりにくいと考える。
- 調査によれば、幼児教育無償化で支払う必要のなくなった利用料の使途の上位は「子供のための貯金・資産運用」や「子どもの習い事」であり、無償化で浮いた費用は、あくまで「子どものためのもの」にとどまっている。また、今の子育て世帯は可処分所得が伸びない中で、将来の経済不安もあり、消費が増える状況にはなりにくい。
- また、そもそも幼児教育無償化の実施に向けては、待機児童となってしまい保育所等を利用できない世帯もある中での不公平感が指摘できる。さらに、保育士不足によって必ずしも保育の質が良いとは言えない施設も無償化の対象となっている。限られた財源を鑑みれば、無償化より待機児童対策が優先されるべきだったのではないか。
- 4月から高等教育無償化が開始されるが、これは低所得世帯が中心となるため、幼児教育無償化以上に消費の誘発剤にはなりにくい。しかし、高等教育の機会均等によって、将来の消費、ひいては経済成長への期待につながる。
目次
1. はじめに~消費増税とともに幼児教育無償化で子育て世帯の負担軽減、消費は増えたのか?
2019年10月から、消費税率10%への引き上げによって得られる税収を財源として、幼児教育の無償化が全面的に開始された。3~5歳児の幼稚園や保育所、認定子ども園等の利用料は完全に無償化され、認可外保育施設等は月額3.7万円を上限に、0~2歳児は住民税非課税世帯を対象に月額4.2万円を上限に無償化されることとなった。未就学児のいる世帯では、これまで支払っていた利用料の負担が軽減されたわけだが、他品目の支出が増えるなど、何か消費には変化があったのだろうか。
本稿では、総務省「家計調査」等のデータを用いて、消費増税後の子育て世帯の家計消費の状況を捉え、教育無償化による影響を考察する。
2. 増税後の子育て世帯の家計消費の状況~自動車関係費や外食が増えたが無償化の影響は微妙
総務省「家計調査」の公表値のうち、幼児教育無償化の恩恵を受ける世帯がより多く含まれる層として、「夫婦共働き世帯のうち核家族世帯で、未婚の子ども2人の世帯(以下、共働き子育て世帯)」の消費支出に注目する。なお、幼稚園児のいる専業主婦世帯でも幼児教育無償化の恩恵を受けるが、無償化の影響がより大きな層として共働き世帯に注目している。保育所等の利用料は、幼稚園と比べて利用時間が長いために高くなることが多い。また、認可保育所等の利用料は世帯年収に応じて決まるため、高所得の共働き世帯ほど利用料が高くなり、今回の無償化による恩恵も大きい傾向がある。
2019年10月の増税直後の共働き子育て世帯の家計収支を見ると、1年前と比べて可処分所得が増えているためか、消費支出も全体としては同程度に増えている(図表1)。
支出の内訳を見ると、「自動車関係費」が3倍近くに大幅に増えている(図表1)。「自動車関係費」の増加は主に自動車の購入によるものだが、これは幼児教育無償化の影響というよりも、消費増税に伴う税制改正の影響だろう。今回の消費税率10%への引き上げと同時に、自動車取得税が廃止され、環境性能割が導入された。自動車の燃費性能等によっては、増税後に購入する方が安価になることもあるために、自動車の購入が増えた可能性がある。加えて、伸び率が大きな要因には、2018年10月の「自動車関係費」が他の月と比べて少なかった影響もあるのだろう(2018年の平均は31,424円)。
また、「食料」や「光熱・水道代」も前年同月と比べて+5%程度増えている。「食料」については合計で内訳の4割弱を占める「外食」と「調理食品」の支出額増加による影響が大きい。「食料」全体では前年同月より+約5千円増えているが、「外食」は18,653円から20,039円へと+1,386円(実質+4.4%)、「調理食品」は10,616円から12,221円へと+1,605円(実質+13.5%)増えている。
これは、可処分所得の増加や保育所等の利用料負担が軽減された影響もあるのだろうが、そもそも近年、共働き子育て世帯では家事の時短化需要の高まりを背景に、「外食」や「調理食品」の支出額が増加傾向にある流れとも言える(図表2)。
一方、幼児教育無償化の影響を受ける「教育」をはじめ「住居」や「被服及び履物」、「家具・家事用品」、「その他の消費支出」は1~2割減少している。
これらについては、増税直後であり、駆け込み消費による反動減の影響があるため、今後の状況もあわせて丁寧に捉えていく必要がある1。しかし、今後とも、「食料」などの生活必需性の高い品目を除けば、教育無償化が他の消費を誘発するような状況にはなりにくいだろう。それは、教育無償化で浮いた費用は、あくまで「子どものためのもの」にとどまり、子ども以外のものには波及しにくいと考えるためだ。
1 認可保育所等以外の利用料は即、軽減されるのではなく、申請の後、自治体から振り込まれるため、恩恵を受ける時期がずれる。
3. 幼児教育無償化で必要なくなった利用料の使途は?~あくまでも「子どものためのもの」
民間調査によると、幼児教育無償化により支払う必要のなくなった利用料の使途の首位は「子どものための貯金・資産運用」(48.2%)であり、半数程度を占める(図表3)。次いで「子どもの習い事」(39.6%)、「子どもの生活費」(31.5%)と続く。子どものためのものが上位を占めており2、かつ、習い事などの出費が生じるものよりも、貯蓄が優先されている。
この背景には、将来の経済不安があるだろう。共働き子育て世帯の世帯収入は、足元ではアベノミクスの影響を受けて、回復傾向にあるものの、2000年の水準を未だ下回っている(実質値、図表4)。また、税・社会保険料の負担は増加し続けているため、可処分所得はさらに低水準にとどまっている。なお、共働き子育て世帯の消費支出を分析すると、娯楽費や交際費といった必需性の低い消費を抑制し、貯蓄へ向ける傾向が強まっている3。
また、2019年6月に公表された金融庁の報告書は「老後資金2,000万円不足問題」として大きな波紋を呼んだ。改めて将来の経済不安を強めた消費者も増えただろう。さらに、10月には消費税率が引き上げられ、消費者の負担は増した。今の子育て世帯では、たとえ保育所等の利用料が浮いたとしても、単純に他の消費が増える状況にはなりにくいだろう。
2 株式会社ベネッセコーポレーション「幼児教育・保育の無償化への保護者の意識調査」(2019年10月1日)でも同様
3 久我尚子「共働き世帯の消費実態(2)」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2018/2/13)等
4. 待機児童の解消が優先~待機児童世帯と無償化の恩恵を受ける保育所利用世帯の不公平感
一方で、幼児教育無償化によって保育需要が喚起され、働く女性が増えることで消費が膨らむ可能性はある。単純に世帯の所得が増えることに加えて、女性の消費意欲の強さにも期待できるだろう4。
総務省「平成26年全国消費実態調査」にて、年収別に男女の消費性向を比べると、おおむね全ての年収階級において、女性が男性を上回る。つまり、同じだけお金を持っていれば女性の方が多く使う傾向がある。
とはいえ、保育需要が喚起されることで、待機児童問題が悪化する懸念もある。厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成 31 年4月1日)」によると、保育所等の待機児童数は2年連続減少しているものの、2019年4月時点で全国で1万6,772人存在する。未だ都市部を中心に深刻な状況は続いている。
なお、待機児童の約9割は0~2歳児であり、今回の無償化の中心は待機児童の比較的少ない3~5歳児であるため、待機児童問題を悪化させるような影響は限定的という見方もできる。しかし、保育所の利用を考える場合、年齢が上がるほど入所が難しくなる現状や保護者のキャリア形成などを考えれば、現実的には0~2歳からの入所を希望する家庭が多いのではないだろうか。
そもそも幼児教育無償化の実施に向けては、待機児童となってしまい保育所等を利用できない世帯もある中で、既に利用できている世帯に対して、さらに負担軽減策が実施されることへの不公平感が指摘できる。また、繰り返しになるが、認可保育所等の利用料は世帯年収に応じて決まるため、利用料の高い高所得世帯ほど無償化の恩恵は大きくなっている。
さらに、保育士不足等によって、一部の施設では保育の質が問題視されるような事件も発生している中で、必ずしも質が良いとは言えない施設も無償化の対象となってしまっている。
消費税率引き上げによる増収分は、待機児童対策にも向けられている。しかし、財源は限られていることを鑑みれば、待機児童対策がより優先されるべきだったのではないだろうか。
4 久我尚子「高まる女性の消費力とその課題~平成における消費者の変容(3)」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2019/3/12)
5. おわりに~高等教育無償化の影響と将来への期待
さらに今年4月から、高等教育無償化が始まる。対象は住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯の学生であり、大学や短期大学、高等専門学校等の授業料や入学金が減免され、返済不要の給付型奨学金が支給される。無償化の中心層は、経済的な問題から進学等を断念してきた層となるため、幼児教育無償化以上に、消費の直接的な誘発剤にはなりにくい。一方で、無償化による高等教育の機会均等は、将来の消費、ひいては経済成長への期待につながる。
低所得世帯では大学進学率が低く、親の経済格差は子の教育格差につながりやすい。さらに、子の教育格差は新たな経済格差へと連鎖しがちだ。学歴が全てではないが、高学歴ほど年収は高く、学歴間の年収差は年齢とともに拡大する傾向がある5。なお、男性では高年収ほど既婚率が高まる傾向があり、経済格差は家族形成格差をも生んでいる6。政府の「人づくり革命」で言われるように7、「貧困の連鎖を断ち切り、格差の固定化を防ぐため、(中略)意欲さえあれば進学できる社会へと変革することが急務」だ。
少子高齢化による労働力不足が進む日本では、労働者1人当たりの生産性向上を図る必要がある。そのためには人材育成への投資が求められ、教育無償化はその具体策だ。2019年10月の消費税率引き上げによる増収分は、教育無償化をはじめとしたいくつかの政策に充てられている。「人づくり」には何が効果的なのか、それぞれの政策に対して十分な効果測定をする必要がある。
5 久我尚子「学歴別に見た若年労働者の雇用形態と年収」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レター(2016/8/22)
6 久我尚子「若年層の経済格差と家族形成格差~増加する非正規雇用者、雇用形態が生む年収と既婚率の違い」、ニッセイ基礎研究所、基礎研レポート(2016/7/14)
7 人生100年時代構想会議「人づくり革命 基本構想」(平成30年6月)
<研究・専門分野> 消費者行動、心理統計、保険・金融マーケティング
若者や女性、共働きやパワーカップル、子育て世帯などを中心に、消費行動の特徴やその背景にある働き方、恋愛や結婚、出産、子育ての状況、価値観の変化について分析し、政策課題にも言及しています。
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